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【アメリカ旅日記#1】2011年ルート66 始まりの物語

【この連載について】
2011年8月、英語ゼロの5人でアメリカへ。ハーレーで8000km、15日間の旅。当時、mixi に毎日綴っていた日記をここに改めて連載します。15年経った今、あの旅はわたしたちにどう影響したのか—その思いを込めて。

アメリカ旅 <1日目>羽田~Needls

もくじ

熱38.5度、それでも羽田を発つ


緊張しすぎて知恵熱でも出てしまったのか、それとも風邪なのか羽田出発の午前中まで熱が38.5度あって四十肩で右肩も痛く、 ニンニク注射や点滴をしてからの出発でしたが、どうにか走ることができた。

2. 羽田→L.A.→ラスベガス|深夜のRIVIERA HOTEL

1日目は羽田からL.A経由で夜中にLas Vegas着。
RIVIERA HOTELに泊まった。

このとき泊まった老舗ホテル「RIVIERA」は今はもうない。
2016年、アメリカらしく盛大な爆破解体で、60年の歴史に幕を下ろしたと聞いてる。
あの夜、カジノのネオンにはしゃいだあのホテルは、もう写真の中にしかいない。

3. カジノ場で大興奮——でも今夜は我慢

カジノ場を見ながら超興奮。 でも明日があるので今夜は大人しく就寝することに・・・

4. 翌朝、レンタル会社でハーレーを受け取る


翌朝、心配していた体調も、ホテルでゆっくりと休んだせいかなんとかダウンせず起きられた。
見るものすべてが新鮮で朝から部屋で美味しそうなヨーグルトなど食べて、出発。レンタル会社に行ってルート66キングマンの手前の町 Needlesという小さい町まで走った。

全米やカナダに店舗があるイーグルライダー

5. 初めての右側走行——不安だらけの1日

初めての右側走行にとまどい、ホントに完走できるのかとても不安な1日だった。
時速75マイルのHighwayはルルにとっては速度がとても速く感じた。

5人とも、まだ慣れないレンタルバイク。期待と緊張が入り混じる中で、走り出した。

目の前に広がるのは、地平線の先まで続く、ただただまっすぐなアメリカのフリーウェイ。

途中で何度もバイクを止めて、積載している荷物がずれていないかを念入りに確認。
コンビニに立ち寄って給油したり、見るものすべてが新鮮だった。

日本では見かけない、どぎつい色のスナック菓子。
いかにも体に悪そうな、鮮やかな色のアイス。
そんなものを面白がって食べながら、少しずつアメリカの空気に馴染んでいった。

そして、ついにルート66へ到達。

さっそく記念写真を撮って、「ここに来たんだ」と、やっと実感が湧いた。

この日の宿は、Needlesのモーテル6。

2011年の夏。
まだガラケーの時代で、ネット予約も今ほど普及していなかった。
この旅では、宿はすべて当日に決めるスタイル。
その日の走りと流れに任せて、飛び込みで泊まっていた。

6. Needles到着

Needlesの町に到着。
緊張と興奮でアドレナリンが出ているせいか、疲れは気にならなかった。
でも、走行初日と明日からの工程を考えると、毎日のように1000km近く走らないといけない。
夕暮れ前に早めのチェックインをして、明日に備えることにした。

モーテルにチェックイン。
軽くシャワーをしてから軽装に着替えて、お散歩がてら近所に食事。
ホテルの近くの路上にも「ROUTE66」の文字があって感動したけど、この後いたるところでこの文字のプリントをみることになるのは、まだ知らず。見るものすべてが、まだ日本と違っていて、どれもこれもが綺麗に写った。

冷えたビールで今日の無事を祝うためにみんなで乾杯。 逆走した失敗談や、アメリカのすべてが大きいビックリばなしで盛り上がったけど、 深酒に注意しながら早めの就寝です。バイク旅をしていて、こういう時間も大好きなひととき。

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